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大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)1335号 判決

原告 上辻繊維工業株式会社

被告 ミカエル・ジユーバヌワル

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し金四百万円及びこれに対する昭和二十六年六月九日より完済まで年六分の金員を支払え、訴訟費用は原告の負担とするとの判決並仮執行の宣言を求め、その請求の原因として原告は昭和二十六年一月二十日原告の大阪営業所に於て被告との間に被告提出の見本に基き紡績し得る落綿約五百ポンドの物二百二十一俵即ち約十一万五百ポンドを代金神戸船渠渡し十貫目つき金二万円。引渡時間同年三月、レクサ・アークス号にて二月十五日ニユーヨーク港積出し、支払方法、前渡保証金として金四百万円を支払い、残金は現品日本へ到着後一ケ月以内に支払うこと。現品引取りない場合は右保証金は喪失することの約にて買受ける旨の売買契約をし訴外二階堂憲三を通じ被告に右保証金を交付した。原告は原告の工場に於て製糸の目的で右落綿を買受けたもので、期日には絶対に遅延しないように引渡を受ける約であつたところ引渡期日である同年三月を経過した同年四月八日被告は原告に対し現品の入荷を通知して来たので訴外西山宗太郎を神戸に派し現品を検査せしめたところ意外にも見本と異る劣等品であることが明かになつたので現品の受領を拒み、昭和二十六年五月二日附内容証明郵便を以て現品は見本より劣り入荷期日が経過している理由で前記売買契約を解除する旨通知し、右書面は同月七日被告に到達した。

然るに被告は同年五月八日付書面を以て同日より向う五日内に現品を引取るよう通知して来たので原告は同月十一日至急電報にて同月二日付原告書面通り売買契約を解除する旨通知し、右電報は同日被告に到達し、茲に右売買契約は解除となり、被告は原状回復義務の履行として右保証金四百万円を返還する義務があるので、右金員及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十六年六月九日より完済まで商法所定年六分の遅延損害金の支払を求めると陳述した。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告の主張事実中原告主張の日原被告間にその主張の如き売買契約成立し被告が原告から保証金四百万円を受領したこと、原告主張の日、その主張の如き書面及び電報が夫夫被告に到達したことはこれを認めるが、その余の事実は否認する。

売買物件である落綿の積込船が遅延し、同年四月八日神戸に入港したことは事実であるが、被告は契約通りレクサ・アークス号にて二月十五日ニユーヨーク港を積出し被告の為すべき義務を履行しているので積込船の遅延については被告に何等責任がない。しかも同年四月九日被告の大阪営業所に於て、原告代表者上辻友明被告代理人前川利徳、売買契約の仲介者二階堂憲三、丹羽義秋会合した際、原告は右落綿を同年五月八日迄に引取る、代金は原告振出し、銀行保証の約束手形にて支払うことを約しながらその後に至り、右落綿は契約見本と相違すると主張し、契約解除を通知して来たのであるが、被告は肩書地に本店を置き、大阪市に営業所を有する信用ある綿花類の貿易業者であるので、早速世界的綿花鑑定人エドワード・テイ・ロバートソンをして右落綿につき品質の鑑定を為さしめたところ同年五月十六日品質に相違はなく、合格品であること、見本より量的に優秀品が多いことが判明した。原告は同年四月頃より繊維品の価格が下落したので品質に藉口して現品の引取を拒むに至つたものであると陳述した。〈立証省略〉

理由

原告主張事実中原告主張の日原被告間にその主張の如き売買契約成立し、被告が原告から保証金四百万円を受領したこと、原告主張の日、その主張の如き書面及電報が夫夫被告に到達したことは当事者間に争いがない。

原告は売買物件は引渡期間たる昭和二十六年三月中に絶対遅延しないよう引渡を受ける約であるに拘らず、原告に現品入荷の通知のあつたのは同年四月八日であるから被告に引渡義務の不履行があると主張するので考えて見るに本件売買物件である落綿の引渡時期が同年三月であることは当事者間争いなく、又右落綿の積込船が遅延して同年四月八日神戸港に入港したことは被告の認めるところであるが、一方右売買契約に依ると右引渡時期は同年三月とある外レクサ・アークス号にて二月十五日ニユーヨーク港積出の約であることが明らかである。然しながら本件売買契約に於て、特に本件落綿の引渡を同年三月中に限るとの特約があつたことは、これを認めるに足る証拠なく又証人二階堂憲三、前川利徳の証言に依ると右落綿が約定通りニユーヨーク港を積出されたこと、並に貿易業者との取引に於て引渡期日の外積込船の出港期日が指定され売買物件がこれに積込まれ、約定の日積出された場合に於ては、積込船が右期日後に到達したとしても引渡期日の約定は到達予定日を一応表示したものに過ぎず売主たる貿易業者には右遅延の責がないとの商慣習が存することが認められるから特に反証のない限り、原被告は右慣習に従つたものと認めざるを得ず、他に被告が右引渡につき被告の責に帰すべき事由により遅延したことについてはこれが主張立証のない本件に於ては原告の主張は理由がない。

次に原告は本件落綿は見本と異る劣等品であると主張し、本件売買の際被告から原告に見本が交付されたことは当事者間に争いがないから、被告は原告に対し右見本に合致する落綿を引渡すべき義務あること明かであるが、本件落綿が見本と異るものであることについては此点に関する証人西山宗太郎、吉川富太郎の各証言、原告代表者の本人訊問の結果は輒く信用し難く他にこれを認めるに足る証拠がなく、反つて証人前川利徳、丹羽義秋の各証言、並びに証人前川利徳の証言に依り真正に成立したものと認められる乙第一号証に依ると本件落綿中には見本より稍劣るものもあるが、大部分は見本より良質で結局全体として見本に合致するものであることが認められるから原告の右主張も亦理由がない。

すると、被告に対し本件落綿の引渡につき不履行の責ありとし売買契約を解除し原状回復の履行として保証金の返還を求める原告の本訴請求は失当であるから本訴請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 乾久治 仲西二郎 白須賀佳男)

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